あなたは目覚めたとき、その日見た夢を覚えているだろうか?
僕は夢の内容を割と覚えている方であり、また夢を見ているときに自分が夢を見ていることを自覚し第三者的な思考を持ちながら夢を見ることがある。
そして時折、以前見た夢と同じ内容の夢を見ていると感じることがある。
近頃、夢の中に一人の女性が出てくる。決まって長く美しい黒髪の女性であり、夢の中で僕であるはずの人物は何度か彼女の名前を呼んでいるはずなのだが、なぜか名前だけは目覚めると覚えていない。
彼女の夢を見るときは多くの場合寝過ごしてしまい、休日の時などは10時間以上も眠り続けてしまうこともある。
どういうわけか彼女とはいつも親しい関係であり、学生として一緒に帰り道を歩いているときもあれば、恋人としてベッドの中で激しく求め合っていることもある。
そして恐怖がある。
目覚めたとき、また彼女の夢を見ていたということに対し、次第に恐怖を感じるようになってきた。頻繁に彼女の夢を見ているうちに、僕は彼女を知っているのではないかということに気付いたのだ。
彼女に心当たりがあるのだ。いや、全く知らない人物でもそれはそれで怖いのだが。
ややこしい話だが、正確には僕は彼女に出会ったことはない。だが僕は彼女をよく知っている。
彼女は僕が作ったからだ。
彼女は僕の頭の中にいる。
一つの物語を作るとき、多くの場合、およそヒロインといわれるような立場の人物を考える。そのとき僕がまず無意識に浮かび上げるのは、儚く、強く、そして美しい「黒髪の女性」だ。ときに少女のときもあるが。多少の性格や思考の差はあるが、これが基本、ここが基準にある。
このときには、はたしてどんな物語になるのかもあやふやであり、他の人物達はまだ、…今僕が吐き出した煙草の煙の様にふわふわと漂っているだけだ。
ここから完成させるために物語は再構築を繰り返し、ふわふわとしたものは次第に形を持ち、いずれ彼女はその物語からいなくなる。
今まで必ずそうだった。彼女はどの物語にも属すことはない。
記憶を掘り返していけば、年がら年中夢想に耽っていた思春期のときの、例えば何だか邪悪な組織が、何故だか少女を狙っていて、何でか僕がそれを守ることになって、何やらすごい必殺技で、何となく悪いやつを倒すような。そんなあやふやな妄想の中でも彼女はいた。
もちろんそんな現実逃避用のご都合主義な物語は何かの形になるはずはなく、十代の好奇心を刺激する新しい情報がどんどん脳みその隅に追いやっていった。
そうしてまた新しく余計な事を覚えた脳みそが妄想を繰り返すのだ。どうせ必殺技の名前が変わっている程度だが。
まあとにかく一体いつから、何がきっかけだったのか分からないが、彼女は常に頭の中にあり続けた。
だんだん何が言いたいのかよく分からなくなっているが、とにかく僕の中で何か良くない化学反応が起こっている気がする。
夢で見るその女性は、何十回、何百回も生み出された彼女の、その断片を継ぎ合わせたような存在だと、僕の感覚は告げている。
何か、精神的な目に見えない部分で、いや、もっと面倒くさい、普段の意識では感じ取れないような精神の深層部で、奇妙な揺れを感じるのだ。
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